2017/12/24

こんばんわ!

 

昨日から急に寒くなったオーストラリアですが僕の魂は常に燃えまくってますよ!笑

 

 

今日はですね

これまでの僕の経歴や考えなど振り返りたいなと

 

 

 

 

まずはじめに言っておきます。

 

 

おそらく半端なく長文になります!!!笑

 

 

それでも読んでいただけたら嬉しいです

というか半分自己満の記事というか振り返りの記事と言いますか、、、

 

 それでは!お楽しみください

 

 

 

 

 

〜 ゆうまの地球過去物語  〜

 

 

 

伊藤 佑馬がこの地球にやってきたのが1995年8月6日 

原爆が落とされた日

今は20歳

高校卒業して就職して速攻で辞め、地球をふらふらしてます

 

 

 

 

 

こんな意味わかんない楽しみまくってる僕ですが高校生の頃は、、

 

 

毎日学校に文句言いながら通い

部活もイヤイヤやってたり

授業もだるいと言いながら受けてたり

時には友達の悪口言ったり

 

 

 

いろんな意味で〝普通〟でした。

 

 

 

でも

勉強だけはちゃっかりしてたのでクラスでは毎回1位

(ちなみに中学時代は5教科のテストで50点の超バカでした。笑)

 

 

まぁそんなこんなで就職も決まって

就職先はちゃっかり大企業である東レ。笑

 

のちにそこを4か月で辞めることになるのだがその話は後にしよう

 

 

 

 

実は高校を卒業する前から一つ大きな夢がありました。

 

高校2年の雪降る2月

修学旅行の帰り

飛行機の窓から見たこの景色

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この景色が僕に夢という名の種を植え付けました

このとき僕は知ったのです

この世界の 地球の美しさを

 

そのとき 僕は決めました

 

 

    『世界一周する』 と!

 

 

当初の計画はこうでした

就職して2年間お金貯めてから世界一周するということ

 

 

その夢を胸に

2014年4月1日入社しました

 

 

それから2週間研修を受け、仕事開始

仕事は楽勝でほとんど機械がやってました。笑

 

 

だがしかし

仕事内容、同僚との会話に絶望しました

 

 

 

仕事内容は毎日同じことの繰り返し

同僚との会話はゲーム、パチンコ、服の話ばかり

 

 

 

そんなときに働く以外の生き方を知ったのです

起業であったり

ネットビジネスであったり

 

 

次第に同僚とは会話をしなくなり

日々自分でお金を稼ぐ勉強をしていました

 

 

そして、ある2人の方と出会ったのです

のちに僕の人生を大きく変える人となりました

 

 

それは

あきとさんとひとみさん

 

あきとさんはビジネスのことを知っていて

 

ひとみさんは僕と価値観や考え方が合う方で相談に乗ってもらいまいた

 

 

そして次第に大阪や東京で様々な人たちとお話しして

ビジネスのことを聞いたり

人生のついて熱く語ったり

ときにはコンサルタントで20万円騙されたりw

 

 

 

ちょうどそんなとき

世界旅したい欲は頂点に達してましてね

 

 

「2年も働くなんて無理だ!時間は 人生は有限なんだ!!」

 

 

 

って爆発しちゃって。 でも

 

 

「お金どうしよう、、」

 

 

って。

もう心が引きちぎれそうで泣きじゃくってたのを今でも覚えてます。

 

 

 

そんなとき

ひとみさんから思いもしなかったことを言われたんですよね

 

 

 

「大阪か東京に引っ越してみたら?」 って。

 

 

 

そしてそのタイミングであきとさんから

 

 

 

「東京住みたいならシェアハウスしようよ!」 と。

 

 

 

 

今、振り返って思うけどほんまに感謝しかない

思い出し泣きしそうだぜ!笑

 

 

 

で。

土日に東京でいろんな人と話して帰ったあと速攻で電話

 

課長に。

 

 

 

タクシーで駅から会社まで直行。

 

 

 

課長に会うなり

 

 

 

 

「すみません!!会社辞めたいです!!」

 

 

 

 

 

頭おもいっきり下げてそう言ったのを今でもはっきり覚えています

 

それを言ったのが確か5月半ばあたり

 

 

本当に説得されまくったんだけど僕の頑固たる想いは変わらず

7月31日に東レを退職しました。

 

 

 

あのときはもう

ワクワクしかなかったなぁー

上京生活の不安とかより楽しみが勝りまくってた!

 

というかそうなるべきだったかのように何の違和感もなかったな、、、

 

 

 

でと

僕の誕生日である8月6日

 

 

 

人生の分岐点

 

 

 

絶対に忘れないようにと

 

ずっとやりたかったヒッチハイクで石川から東京へ向かうことに。

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※当時の写真

 

 

担いでるリュックは親友がくれた大切なもの(^^)

無事にその日の夜につくことができました!

(ヒッチハイクやってる人ならご存知の通り500キロはなかなかの距離)

 

 

 18歳の誕生日であり

上京記念であり

人生初のヒッチハイク記念

 

 

あの日のことは一生忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

それから僕の泥沼のビジネス、お金と向き合う1年間が幕を切ったのだった。笑

 

 

まずものすごく嬉しかったのが

東京ついて早々に誕生日を祝っていただいたこと

あれは嬉しかったなぁ〜

 

そのあとも上京生活はとても順調でした!!!

 

 

 

 

 

とは言えない山と谷と崖だらけの生活が待っていたのだが、、、笑

 

 

 

まずはじめに僕が手を出したのはネットビジネス

 

 

「とにかく旅しながら稼ぎたい!!!」

 

 

そう思ってたボク

今振り返るととてもお恥ずかしい話ではありますがそんな想いではもちろんお金をいただくことは難しいです。笑

 

 

 

最初はビジネス勉強しながらとりあえずはバイトをしようと

あの大都会で初のバイト!!

 

 

それは

都会では有名な銀のさらという配達専門のお寿司屋さん

 

 

ぶっちゃけものすごく楽だった

バイクで配達をするだけ

 

それでもって1日1万稼いでた

 

 

 

 

ただ

東京の住宅街がマジ迷路だった!!笑

 

 

 

地図を覚えるのに一苦労した覚えがあります

 

それから夜の住宅街は経験上言えるのですが海外の路地より危険かなと。

 

何度かやばい人に遭遇して追いかけられたり奇声をあげられたりと、、、

なにより怖いのは幽霊じゃなくて人間だなぁーと実感しました。笑

 

 

 

ただ

最高だったのが毎日賄いで刺身を食べられたこと

マジあの時は刺身の価値観ガク落ちだった。笑

 

 

 

 

 

あとはね

田舎の教習所で聞いたことも習ったこともないような法律で2回捕まって罰金という面白い思い出もありますね〜

 

 

 

 

仕事の休み時間、みんな昼寝してる中で一人パソコンをカチカチ。

あの頃の僕は

 

 

 

忙しさを求めていた!

 

 

 

恐らく今思えばビジネスをやってる気になりたかったんだと思う

 

 

だから常にソワソワしてて 常に人と会う予定入れて

まるで自分が凄い人かのように自分をごまかして生きてたね

 

 

多分これはビジネスやりたての若者にありがちなことだと思われる

 

 

上京して人にはめちゃくちゃあってた

おかしいだろレベルで初めましてをしてた

 

 

しかも。。。

みんなビジネス関連の人たち

 

ちなみにこれがあの頃の予定カレンダーだ

 

ドン

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そう。

緑色の予定が全部アポイント。笑

 

 

 

正直1日3人のアポとか集中力持つはずない!w

 

多分上京して200人の人たちとアポ取ってきたと思う、、、

 

 

 

 

とまぁとにかく忙しく生きてた上京生活序盤

 

 

 

そんなバイトと勉強を続けて3か月ぐらい経ったときかな

少しずつ 少しずつ

ゆうまの中に  ?  が出てきてたんだよね

 

 

 

やっぱりたまに旅に行きたい欲がはんぱなくなって抑えきれなくなって

バイトやめて

あきとさんと一緒にヒッチハイクでぶらぶらしてみたり

一人で九州までヒッチハイクしてみたり

 

 

とにかくね

あきとさんのノリがやばいのよww

 

今まで出会ったどんな人よりもやばい

ときにそれ本気!?っていうようなノリもあるほど、、、笑

 

 

 

 

 

そしてまたお金なくなってバイト

そんな生活がしばらく続いたね。

 

 

 

 

 

それから地球散歩っていう旅団体も造ったことがあるんだ

あきとさんと一緒にね

 

 

 

その団体の最終目標は

 

無人島を開拓する  ことだった

 

 

 

 

でもね

団体を作って5か月ぐらいかな

団体を解散したんだよね。

 

本当に人をまとめていろんなことを計画することの難しさを痛感したよね

 

ものすごく大変なんだ

運営するってことは。

 

 

それを18歳という歳で経験させていただいて今では本当に感謝してるけど

あの時は辛かったねーー

 

もやもやだらけだった

 

 

 

あとはいろんな種類のビジネスもやった

これに関しては本当に全部あきとさんのおかげ。

 

 

投資してみたり

物販してみたり

団体運営してみたり

アフィリエイトしてみたり

出会い系サイトの仲介してみたり

最新自動販売機の売り込みしてみたり

 

 

 

本当にいろんなことやった。

ぶっちゃけすごく大変だし頭めちゃくちゃ使ってあきとさんと作戦立てたりしてさ

本も読みまくって勉強もしまくったしさ心理学も勉強した

 

 

 

これだけは言えるよ

 

 

ビジネスは簡単ではない 

 

 

 

 

でもね

ビジネスを長い間やってやっぱり  ?  があることに気づく。

 

 

 

確かに

僕は働かずにお金を稼ぐために、旅をしながらお金を稼げるようになるために上京した

 

 

 

だけど、、、、、、、、

 

 

 

「何かが違う」

 

 

 

そう僕の魂が叫んだ。

 

 

多くのビジネスマンは言う

「お客様のため」

「みんなに喜んでもらいたい」

「みんなで幸せになろう」

 

 

だけど、、、

僕はわかっていた

 

 

 

彼らの本当の声が、、、

 

 

 

でも

彼ら自身はそれが本心だと思っている

 

 

僕もそうだったように

 

 

 

搔き消しちゃうんだ

 

 

お金を稼ぐために、、、、。  

 

 

もちろんビジネスマン全員がそうじゃないよ

本当に心から人のことを想って経営してる人たちはお金もちゃんと回ってて

なによりその人自身が楽しそうでイキイキしてる。

 

 

 

でも僕は

 

誰かを踏み台にしてまで僕は不労所得を得たいのか

誰かにウソをついてまで僕は不労所得を得たいのか

誰かのお金を奪ってまで僕は不労所得を得たいのか

自分に嘘ついてやりたくないことで不労所得を得たいのか  

 

 

そう感じ始めたんだ。

その先に本当の豊かさはあるのかと

 

 

 

そんな疑問が浮かび始めると同時に

なぜ人が生まれてきたのかとか

なぜ宇宙はあるのかとか

 

神秘的というかスピリチュアルなことを考えるようになっていた

 

 

 

やばい時はそれの答えが出るまで2週間毎日図書館に行ってノートに書きまくったり

答えが出るまですんごく病んで3日間寝まくってたり

こんな世界消えてしまえばいいとか

自分なんかいらないとか

 

 

もうとにかく病みまくってた

僕が生まれた意味が、理由がわからなくて。

 

 

 

そんなときかな

上京する前からちょくちょくあってたかおりさんという方

この方ものちに僕の人生を激変させる言葉を伝えてくださった方。。

 

 

 

かおりさんもそういうのを考える人でありながらビジネスもしてて

 

生まれてきた意味とか

僕たちの使命だとか

それと平和とか

 

その時からかな

少しだけ世界平和を意識し始めたのは

 

それでたまにあって相談に乗っていただいたりと、、、

 

 

 

それからしばらく経ち、落ち着き帰省した時だった

 

 

 

思いもよらない知らせに僕は泣き崩れ、僕の心は壊れかけた

 

 

 

母が腰に大きな爆弾を背負ったのだ

骨がずれ

手術しなければ治らないが成功する可能性は50パーセント

もし

失敗すれば下半身不随、、、、、。

 

 

 

それだけじゃなかった

父は数十年後に体が全く動かなくなってしまう奇病になってしまったのだ

もちろん奇病でその病気の人はほとんどいない為、治療法もなし

そんな父が一言

 

 

 

「身体完全に動かなくなる前にパパもいろんなところ行ってみたいなぁ〜。」

 

 

 

 

僕はこの言葉を今でもはっきりと覚えている。

 

 

本当に心がはち切れるかと思った。。。

 

 

 

僕にお金がないばかりに!!!

 

 

 

お金が、、、、、、

お金が、、、、、、、、、

 

 

泣いて泣いて泣きまくった。

叫びまくったよ

田んぼのど真ん中で

叫んで暴れて泣いて

 

 

その時

僕の心は少し変わってしまった

 

 

 

お金なんか大っ嫌いだ!!!!!!!!

 

お金なんかなくなればいい!!!!!!!

 

 

決めた

俺は誰かを踏みにじってまでお金を稼いで親を助けてみせる!!    

 

 

 

それからすぐに東京に帰った

 

 

 

だけど

そんな想いでビジネスしてもうまくいくはずがない。

 

 

 

お金はほとんどなくなり

 

お金を稼がなきゃ

 

でも

それは俺がやりたいことではない、、、

 

 

一体俺はどうしたらいいんだ、、、、。

 

 

あの時の俺は追い詰められたネズミだった

 

 

 

 

それで俺は親に聞いてみた

「どうなったら幸せ?」 って。

 

 

そしたら

「ゆうまが楽しんで幸せなら幸せだよ」 って。

 

 

 

なんかね

その時に何かこう 鎖が解けたんだよね

 

 

 

そのあとかおりさんに会った時に

「やりたくないこと止めて

   やりたいことやってみたら?」 って。

 

 

 

 

で。

今までやってたビジネスを全部止めた。

 

 

それが2015年2月

 

 

 

ちょうどその頃

1年ぶりに彼女ができたんだ

 

 

その彼女に会うために熊本までヒッチハイクで行って1週間ぐらい過ごした

 

 

その時に僕は 愛 についてとても気になり始めた

 

 

「愛ってなんだろう?」

 

 

彼女といるとき

飯なんか絶対作らない僕が

彼女がバイトや大学から帰ってくる前に何作ろうかなぁーとか

 

 

彼女が便の調子が悪いと聞いてフルーツポンチ作ったり

それは心の底から彼女のことを思ってやったことだった。

 

 

 

「あれ?俺ってこんな人のこと想えたんだ」 ってびっくりした

 

 

 

それと同時にこれが愛なのかぁーって。

 

 

 

 

そのときに思ったんだよね

 

「愛について知りたい」

 

 

のちに沖縄サバイバルすることになるのですが、、、笑

 

 

 

その前に実は3月に初海外であるフィリピンに行ってて

そこで初めて目にする物乞いをする子供達とか見てさ

いろいろ考えさせられましたね

このことについてはまた別の記事で書きますね

 

 

それから

バジャウ族って民族と暮らしてる同い年がいると聞きつけ会うことになって

バジャウ族と一緒に漁へ行けることに!!

 

バジャウ族ってのは元々国籍を持たずに一生を海の上で過ごす民族なんだ

別名 『半魚人』

 

ちなみにこの子たちがバジャウ族の人たち!

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でね

ここの人たちって本当に貧しくて1日3食食べられる人はほとんどいなくて

しかもものすごく差別されててさ

仕事貰えなくて物乞いしてたり

 

 

そんな彼らに少しのお金を渡して漁に行ったんだよね